「謙遜は確かに美しい姿ではある。しかし、一人の人間ができることを決して過小評価してはならない。」アジア・太平洋人権情報センターの機関誌「ヒューライツ大阪」2000年9月号に掲載された中田武仁さんの文章の一節だ。国連ボランティアとしてカンボジアで殉職された中田厚仁(あつひと)さんの父である彼は、息子の死後もカンボジアとの交流を途絶えさせない。カンボジアの人々は、厚仁さんが息を引き取った場所で、3000人が住む新しい村「ナカタアツヒト村」を建設し、そして、大洪水に見舞われた。
武仁さんが日本からの救援金をもって駆けつけると、翌年の種籾にも困るアツヒト村の人々は「お金は欲しいけれど、我慢する。アツヒトの志を伝えるために、アツヒトの息を引き取った場所に村の学校を作る資金としたい」と申しでられたという。胸が熱くなる。涙がこぼれそうになる。
最も困難を抱える人々に、人間としての深い思いと共感が生まれる。
人間がどのような社会や地域に生まれようと、その思いと共感は、苦しみや悲しみとともに国境を越えていく。肉体そのものが、ついには暴力により生命を奪われようとも、その精神は残る。アツヒトもそうだ。
「アムネスティからの手紙をもらって、くじけそうになる心がしゃんとした」と大阪在住の在日で、元良心の囚人(非暴力政治囚)の人が言っていた。頭が下がる。自分に不自由は
なく、暇をみて書いた一通の手紙に、獄中にいる人が自分の生き方を向き合わせる。小さな努力に対して不似合いなほどの真面目さと真剣さ。そして、互いの影響の大きさ。
この地球上で、互いの命を守り、育もうとする努力は、どんな努力も決して小さくはない。アムネスティも、アツヒトに通ずる、と思う。
(社)アムネスティ・インターナショナル日本
理事長 和田光弘
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