| 投稿:藤田信一(PSW:精神科ソーシャルワーカー) 小学生殺傷事件は痛ましい事件であった。同じように子供を持つ親の立場としても、精神障害者を知る立場としても非常に残念な思いである。当初はマスコミによって「精神障害者による事件」として大きく取り上げられた。しかし時間の経過と共に「精神障害者を装った」というような経過も出てきている。一度マスコミによって取り扱われた「精神障害者による連続殺人」「精神障害は恐ろしい」という観念はもう払拭することができない。精神障害者への差別や偏見が古くからあった上に凄惨な事件とすぐに結びつけられてしまうからである。凄惨な事件や犯人がわからない事件は「精神障害者が起こした」といってしまえば済むようなところがつくりあげられてしまっている。 昭和63年にはようやく古い精神衛生法から精神保健法に法改正があり徐々に精神障害者の開放処遇や入院の任意性の権利性も確保されていたところであった。その後の精神保健福祉法では、まだ不備とは言え地域での社会復帰に向けてディケア、社会復帰施設など整備されてきていたところであった。社会復帰を目前にしたリハビリ中の精神障害者達はこの事件を見て愕然としていた。彼らに重くのしかかる報道であった。 一方ではこの事件により「精神障害者の犯罪」ということが浮上してきた。 1 責任能力の問題 この中には非常に不確定な問題も存在している。精神病の診断が医師によってかなりの開きがあったり、精神病と精神障害が混同されていたりすることが多い。また病名そのものが統一的でなく、世界保健機構基準のICD-10やアメリカのDSM−Wなどでもその基準とするものによって違うことなどである。さらにその中でも責任能力が犯罪の時にあったか、なかったかということは専門家でも非常にわかりにくいとこである。 2 触法精神障害者の問題 精神病・精神障害はこれまでかなり対策が遅れた分野であったため、ようやく近年になり法改正で社会復帰対策が打ち出されてきた。同じように普通の精神病患者も犯罪を犯した精神病患者も通常はあまり区別せずに対処され遅れていた部分でもあった。歴史的には、「保安処分」ということが言われたが、「治安維持の武器」あるいは「人権の侵害」ということで反対が多かったこともあり着手されなかった経過もある。今回の事件をきっかけに精神障害者=犯罪という誤解を避けるため「触法精神障害者」と「一般の精神障害者」を区別し、触法精神障害者には治療と犯罪に対する特別な教育プログラムをうける必要性はでてきている。しかし、「ハンセン病患者」の時のように社会的に抹殺されたり、警察の取り調べなどが不透明な日本では「冤罪」ができあがったり、拡大解釈して「弾圧」の手段にならないように必ず権利擁護システムをセットにして考えるべきである。 |
| 大阪池田市の小学生殺傷事件と精神障害者 |