猿田佐世(アムネスティ会員)

●はじめに
沖縄で米兵身柄引き渡し事件が起きて、早2週間たとうとしている。当時、日本国内では「日米地位協定の改定」が主として問題とされ、連日、米兵の身柄が日本の捜査当局に引き渡されるのか否か、日本中の注目を集めた。
米国側はなぜぎりぎりまで米兵の身柄引き渡しを拒否したのか。この事件には、日本の刑事司法手続きにおける人権状況という大きな問題が含まれている。地位協定の不合理性等は他に譲り、今回はこの日本刑事司法における問題点という視点から米兵引き渡し事件を概観してみたい。

●主張とその背景
米国政府は身柄引き渡し請求に対し、日本政府に以下の点を要求した。
1, 取り調べに弁護人の立ち会いをみとめること
2, 米国側の用意した通訳で取り調べを行うこと
3, 起訴前の保釈を認めること
4,取り調べは一日10時間以内にすること
これは、日本の通常の刑事司法手続きでは被疑者は不当な人権侵害を被る、という主張に基づく。

日本では取り調べには弁護人の立ち会いは認められず、起訴前の保釈は認められていない。取り調べは、あまりに長時間行って供述の任意性を疑わせるようなものであってはならないとされるが、時間制限は明文化されていない。
これに対しアメリカでは、逮捕後の取り調べには判例法上弁護人の立ち会いが認められている(ミランダ対アリゾナ州事件アメリカ合衆国最高裁判所判決)。また、起訴前の保釈が広く認められているし、そもそも、被疑者の身柄が捜査機関の管轄下にある期間が72時間と日本の23日間に比して圧倒的に短い。

●取調べについて(1,4)
日本の刑事手続きにおいて逮捕された被疑者は、最大23日間、捜査機関に身柄拘束をされて取調べを受ける。ここで作成された調書は公判段階で重要な証拠とされる。この調書により事実上判決が決定されることも、望ましくないことではあるが、少なくない。すなわち、この23日間の取り調べは被疑者の運命を決めるといっても過言ではないのである。

取り調べにおいて、捜査機関は証拠を得ようと必死で取り調べを行う。過去には、自白を得ようという思いのあまり、肉体的精神的に被疑者に苦痛を与え長時間にわたる取り調べも行われたという例がみられる。取調室は密室であり調書が任意に作成されたか否かということは、被疑者と取調官にしかわからない。もちろん被疑者には黙秘権があり、黙秘権の告知は受ける。しかし、黙秘権があるとただ告げられただけでは長時間密室で、強硬な調子で取り調べを受け続けるのでは、実際黙秘権が守られているとは考えにくい。日本では取り調べ状況が、米国のように、テープもしくはビデオに記録されることもなく後に適法性を検証することも困難である。このような取調べによる調書の結果死刑判決がでて、その後再審で無罪となった事件ですら4件もあり、ほか、冤罪と思われるものも一定数存在する。
かかる現状の刑事司法手続きでは、長時間に及ぶ過酷な取調べ、自白の強要、あるいは警察官による被疑者への身体的・精神的暴力が行われる可能性を否定できない。このような被疑者の権利侵害の可能性を防ぎ、もって適正な裁判を確保すべく、米国では判例法上弁護人が取調べに立ち会うことが認められている。しかし日本においては、国選弁護人が認められるのは起訴がなされてからであり、米国のような公設弁護人の制度もない。また自ら弁護人を依頼した場合でも、その弁護士が取調べに立ち会うことは認められていない。

以上の点から、米国政府は取調べに弁護人を立ち会わせることを求め、かつ取調べ時間を10時間以内にするよう要求したのである。もっとも、取り調べが1日10時間以内というのは、米国側としてはかなり譲った要求であろう。
国連の規約人権委員会も日本の刑事訴訟法手続き上、取調の時間及び期間を規制する規則がないこと、および取調べが被疑者の選任した弁護人の立ち会いのもと行われないことを非難し、改革するよう勧告している(第4回最終意見)。

●起訴前保釈について(3)
警察の下での身柄拘束というのはたとえ数日であってもとても厳しい。自分が3日間監獄からでられず、仕事もその間休むことを考えるとその厳しさは容易に想像できよう。しかし日本においては、23日もの長期間にわたって被疑者は身柄を拘束されその間保釈は認められていない。そして、上記のような厳しい取調べが23日間なされうるのである。
アメリカにおいては、捜査機関の下に身柄が拘束されるのは72時間程度にすぎずその後、裁判的手続きが直ちに開始され、かつその時点で大部分の者は保釈を受ける。なお、保釈を受けられなかった者も拘置所に拘束されるのであって、代用監獄というような捜査機関の下で拘束されるのでないことは忘れてはならない。

この点につき、自由権規約9条には「身柄を拘束された者が妥当な期間内に裁判を受ける権利及び釈放される権利」が規定されている。逮捕から勾留に移行する際、検察官の勾留請求につき裁判官の決定を仰ぐ機会はあるが、事実上はこの決定は捜査機関の一方的な要求を受け入れる状況にある。実に99%以上の確率で検察官の勾留請求が認められ、勾留の必要性と理由が真に検討されているか強く疑問が残る。このような状況では同規約9条の権利が保障されているとは考えがたい。
国連規約人権委員会も23日間の拘禁期間中に保釈がないというのは、規約違反であると断言している。

●最後に
断じて、米兵の婦女への強姦行為など許されてはならない。それが真実起こったことであるならばきちんと罰せられねばならない。しかしそれは適正な手続きによるべきである。もちろん、アメリカの刑事手続きにそえば全てよいというものではない。(例えば被告人は代用監獄ではなく拘置所に入れられるが、その拘置所の中での彼らの生活は日本のそれに比べても悲惨なものである。)基準とすべきは、国際的に目指すべき人権基準とされ、日本も批准している国際人権条約の基準である。

このような事件で偶然にも、日本の刑事司法の問題点が国際的に浮き彫りになった。米国のメディアでは地位協定の問題よりも、日本の刑事手続きの野蛮さがやり玉に挙げられていた。このような機会にかかる日本の問題点を認識し、少しでも日本の制度を国際人権基準に合致させるべく、改善していかねばならない。

なお、今回の米国政府の要求は外交交渉である。人権を名目としていても日本政府へ圧力を目的とする要求であったことは否定できないと最後に記しておく。例えば、通訳人を被告人が選択する権利は国際人権基準でも認められておらず、米国政府が公平性を求めるとして日本政府に圧力をかけた要求といえよう。今後、被疑者が通訳人を提出できる日が来るかもしれないが、現在そこまで国際人権基準から導き出すのは困難である。

◎参照◎日本の刑事司法手続き

警察によって逮捕された被疑者は、48時間以内に検察官に送致されなければならず(送致されない場合は釈放)、検察官はその後24時間以内に裁判官に勾留請求をせねばならない(もしくは釈放)。通常、逮捕後72時間の時点で、 被疑者は勾留の可否を決定されるべく、裁判官の面前に連れて行かれる。裁判官は最大10日間の勾留を認めることができ、その後さらに最大10日間勾留延長することも可能である(原則)。勾留期間満了までに公訴提起(起訴)されることになる。逮捕にも勾留にも理由と必要性(罪証隠滅及び逃亡のおそれ等)が必要である。また、日本では国選弁護人は起訴後の被告人には認められているが起訴前の被疑者には認められていない。

◎参考資料◎
原典:法曹時報53巻2号(2001年2月号、法曹会発行)「平成11年における刑事事件の概況」(上)(最高裁判所事務総局刑事局)より。データはいずれも、平成11年中(1999年)の数字です。

(1)無罪率(刑事事件で無罪判決のでる率)。
地裁 0.06%
簡裁 0.17%

※通常第一審における無罪率(全部無罪人員、一部無罪人員(主文において有罪と無罪の裁判があった者)及び全部無罪人員の、判決人員(有罪人員と無罪人員の合計)に対する割合)

(2)逮捕状の請求が却下される率。
地裁及び簡裁全体での通常逮捕状請求に対する却下率  0.03%
          緊急逮捕状請求に対する却下率  0.09%

(3)検察の「勾留請求」が却下される率。
地裁での却下率(却下数/請求件数) 0.65%
簡裁での却下率           0.14%

(4)身柄率(逮捕された状態で裁判が始まる率)
平成11年における地裁での勾留率 63.0%
簡裁      61.0%

※同一人に対しての「身柄率」については、同文献にはデータなし。
勾留率(その年中に勾留状が発付された人員/新受人員)であれば、以下のとおり。

(5)保釈率(保釈が認められる率)
地裁      14.6%
簡裁       7.4%

※保釈率(通常第一審終局前にその年中に保釈が許可された人員/新受人員)

国際人権の視点から米兵身柄引き渡し問題を考える

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