| アムネスティでは国際的なキャンペーンの一環として署名活動を行っております。 つきましては、緊急ではございますが、下記の要請文にぜひご賛同いただき、都道府県名とお名前を入れていただき、以下のメールアドレスまでお送りいただければ幸いです。締め切りは7月15日です。 FZE01330@nifty.ne.jp (アムネスティ日本のビルマコーディネーターのアドレス) ビルマ(ミャンマー)の状況は、皆さまご存知のとおりですが、人権に関する概況説明文も署名用紙の後に、貼り付けてお送りします。 ぜひ、このメールを多くの方々にご転送いただき、署名にご協力くださいますようお願い申し上げます。 なお、印刷した書名用紙が必要な方は、アムネスティ東京事務所まで電話 (03−3203−1050)でご請求ください。 皆さまのご協力をよろしくお願いいたします。 ___________________________________ 【署名用紙】 ====================================================================== ビルマ(ミャンマー)で起きている人権侵害を即刻停止してください! ====================================================================== ミャンマー連邦 国家平和発展評議会 議長 タン・シュエ殿 私たちは、貴国で継続して起きている人権侵害を心から憂慮し、次のことを迅速に実行されることを求めます。 ・ミン・コウ・ナインさん、ウィン・ティンさんなどを含め、非暴力にもかか わらず囚われている「良心の囚人」、特に高齢者や病気の囚人を即時、無条 件で釈放すること。 ・軍や警察などによる拷問および非人道的な取り扱いをやめること。 ・強制労働を即刻停止し、また強制労働を認める法律を廃止すること。 ・表現と結社の自由を保障すること。 ・少数民族に対する人権侵害を停止し、彼らの人権を保障すること。 お住まいの都道府県 ( ) 氏名 ( ) *上のカッコ内にご記入の上、FZE01330@nifty.ne.jpmで送付してください。 *締め切りは、7月15日です。 *この署名は、アムネスティ・インターナショナルにより世界中で呼びかけられています。 -------------------------------------------------------------------- 【参考資料】 [ ビルマ(ミャンマー)の概況 ] *この13年間、ビルマ(ミャンマー)で起きてきたこと・・ ビルマ(ミャンマー)では、30年以上にわたって軍による支配が続いています。1990年5月に行われた総選挙では、アウンサン・スーチーさんが書記長を務める「国民民主連盟(NLD)」が圧勝し、文民政府への期待が高まりました。しかし、政権は未だ軍が握りつづけ、民主的に選ばれた政府へ移譲されていません。それどころか、市民の自由な活動は激しく弾圧を受けてきました。 この1990年に行われた総選挙の2年前、1988年はビルマ(ミャンマー)にとって決して忘れられない年です。それまで26年続いた軍による一党支配に終止符を打つよう、国中で何十万人という人々が参加して平和的なデモが行われたからです。学生、僧侶、教員、看護婦、医師などが民主化を訴えて街を行進しました。しかし、同年8月、治安軍が民衆に発砲し、何千人という人が殺害されました。その後、9月18日に結成された軍の国家法秩序回復評議会(SLORC)は、戒厳令を敷き、表現と結社の自由を厳しく制限する一方で、1990年5月の総選挙を約束しました。 この選挙に向けて、数千人もの政治活動家や学生が戒厳令に違反したかどで逮捕されましたが、こうした極端に困難な状況のなかで、NLDは81%の議席を獲得して選挙に勝利しました。しかし、それ以来、軍は国会を召集することも、政権移譲へのスケジュールを示すことも拒否しています。 1997年11月15日、軍事政権であるSLORCは国家平和開発評議会(SPDC)と名前を変えましたが、同国での人権侵害の状況は変わっていません。 1988年以来、表現の自由は極端に制限され、多くの反政府と見られた人たちが逮捕されています。また、刑務所内の劣悪な環境、獄中死、拷問も報告されてきました。特に少数民族は政治的殺害の標的となりやすく、迫害を受けてタイやバングラデシュなどに難民として逃れた人もいます。 *「良心の囚人」と政治囚 表現と結社の自由はビルマ(ミャンマー)では厳しく制限されています。現在、100人以上の「良心の囚人」がいると見られていますが、同国についての情報収集は非常に困難なため、実際には、もっと多くの囚人が、良心の囚人であると考えられます。 2000年秋から2001年にかけて、国連やEUの訪問をきっかけとして数十人の政治囚が釈放されましたが、高齢の長期囚や、病気の良心の囚人などを含め、現在も少なく見積もっても1850人の政治囚が投獄されています。 *拷問と非人道的処遇 長年にわたって、ビルマ(ミャンマー)では拷問、その他の非人道的処遇が報告されてきました。こうした拷問や過酷な取り扱いは、軍の諜報部、刑務官、警察や軍の兵士によってなされており、彼らは一切咎められることはありません。特に少数民族の人たちは、こうした標的となりやすく、強制労働の最中に殴打されたり、反政府勢力の関係者だと見なされて拷問を受けることがあります。 刑務所では、長期にわたる足枷の着用、独房への長期拘禁、医療の欠如、そして粗末な食事など、国際基準から大きくはずれた過酷な状況が伝えられています。 *表現の自由、情報へのアクセスの制限 ビルマ(ミャンマー)では、アウンサン・スーチー氏が書記長を務める政党「国民民主連盟(NLD)」の活動や、その他の野党の活動は厳しく制限されています。政府とかかわりのないNGO(民間の非営利団体)は認められず、現在ある民間団体はすべて政府の息がかかった組織か、国連、または外国の援助団体です。メディアに対する検閲も激しく、FAXの所有も政府の許可が必要です。政府の許可無しにインターネットにアクセスした場合、7年から15年の刑が課せられます。 *過酷な強制労働 ビルマ(ミャンマー)では、一般市民が日常的に無報酬の労働を強要されています。この強制労働には概ね2つのタイプがあります。 ひとつは荷役労働で、何日も、あるいは何週間も「ポーター」として国軍の荷物を運ばなければなりません。この労働は、少数民族との戦闘地域である険しい山中やジャングルなど、厳しい地形のなかで行われることも多く、地雷よけとして、兵士の先を歩かされることもあります。 もうひとつは、インフラ整備のための労働で、道路やビル・軍事基地の建設作業などです。これらの労働は、ビルマ(ミャンマー)の強い日差しの下で、水や食料、医療手当てもなく、長時間にわたって強制されます。 1992年以来、アムネスティは、こうした強制労働の多くの事例を発表してきました。一家庭に一人を強制労働に「差し出す」ことがしばしば求められ、一家の大黒柱が強制労働に狩り出されたために、農作業ができずに生計がたてられなくなったり、忙しい夫のかわりに出産直後や妊娠中の女性が厳しい労働について身体を壊した例もありました。また、労働の最中に殴打を受けることも日常茶飯事です。 特に、少数民族が「ポーター」として徴用される時は、働けなくなるとそのまま放置されたり、殺害される場合もあります。アムネスティでは、これまでに少数民族の定住地であるシャン、カレン、カレニー、チン、カチン、モンなどの各州での強制労働を確認してきました。 *ビルマ(ミャンマー)における人権侵害の犠牲者たち・・ - ミン・コウ・ナインさん 全ビルマ学生連盟連合(ABSFU)の議長であるミン・コウ・ナインさんは、1989年3月24日に逮捕されました。彼は、反政府活動を行ったことを理由に20年の刑を言い渡されました。ABSFUは、26年におよぶ軍政に対して大規模な不服従キャンペーンが行われていた最中の1988年8月28日に結成された団体で、彼は、国中の学生に民主化と表現の自由を求めて、軍事政権に平和的に抗議するよう呼びかけていました。 彼は、逮捕された初期において、ひどく拷問を受け、非人道的な扱いを受けたために、健康を害しています。尋問中、倒れるまで2週間も水の中に立たされていたために、彼の左足は完全に麻痺しています。また、ほとんど独房で過ごしてきたために、精神的にも不調をきたしている模様です。 彼は、恩赦によって10年に減刑されましたが、刑期が満了する1999年3月が過ぎても釈放されていません。彼は移送されて、現在はラカイン州のシットウェイ刑務所にいますが、家族はラングーンにいるため、食料や薬を差し入れることが困難になっています。 - ウィン・ティンさん ウィン・ティンさんは、2001年3月、ラングーン郊外のインセイン刑務所で71歳の誕生日を迎えました。著名なジャーナリストであり、作家でもあるウィン・ティンさんは、1989年7月4日に逮捕されから13年間をこの刑務所で過ごしています。彼はNLDの創設メンバーでもあり、3年間の労働刑を言い渡されました。起訴理由は、アウンサン・スーチー氏に協力し、戒厳令下で不服従キャンペーンを行ったというものでした。その後、彼は1992年に非常事態規定法により10年の刑を追加されました。また、1996年3月には、他の20人前後の囚人とともに国連の特別報告官に、刑務所の劣悪な状況と拷問について訴える手紙を渡そうとして、再び7年の刑を追加されました。彼らは、尋問を受け、一日に10分のシャワーを浴びる時以外は、小さな軍の犬舎に入れられ、毛布され与えられないという状況で2ヶ月を過ごさなければなりませんでした。 彼は、脊椎炎を患っていますが、治療を受けられず、食事や薬は家族の差し入れに頼るしかありません。 こうした状況下で、ウィン・ティンさんは、2000年11月に世界新聞協会の「自由の金のペン(Golden Pen of Freedom)2001」賞を、2001年3月にユネスコの「世界報道自由賞(World Press Freedom Prize)」賞を獄中で受賞しました。 以上 アムネスティ・インターナショナル日本 169-0051 東京都新宿区西早稲田2-18-23 スカイエスタ2F tel:03−3203−1050 fax:03−3232−6775 |
| 国際的な署名活動へのご協力のお願い ―ビルマ(ミャンマー)の人権状況改善を求める署名― |