2000年(平成12年)8月14日 ◆勧 告 書 名古屋刑務所 所 長 久 保 勝 彦 様 名古屋弁護士会 会 長 山 田 幸 彦 当会は、貴所在監中の●●●●氏申立にかかる人権救済申立事件(平成10年度第6号事件)について、調査の結果、以下のとおり勧告する。 【勧告の趣旨】 受刑者からの用便の申し出に対し、指導に名を借りて結果的にこれを認めなかったり、絶対的な禁止時間帯を設けるなどして、外形上、用便自体を許可にかからしめているかのような取扱いをすることのないよう、担当職員に対し、充分な指導をされることを勧告する。 【勧告の理由】 第1 申立の趣旨 平成8年10月下旬ころの朝、申立人が配属先の工場で作業をしていた際、便意を催したので、担当職員にトイレに行く許可を求めたが、午前8時30分までは用便は許されない、として許可してもらえなかった。その4日くらい後にも、同様のことがあったので、人権救済申立をする。 【第2 調査経過】 平成10年8月24日:名古屋刑務所において申立人および職員から事情聴取。 平成11年1月28日:名古屋刑務所において申立人および職員から事情聴取。 平成11年4月23日:名古屋弁護士会会長及び同会人権擁護委員会委員長の名古屋刑務所長宛「●●●●氏申立てにかかる人権侵犯救済申立事件について(照会)」 平成11年6月4日:同日付名古屋刑務所長の回答書 【第3 事実に対する判断】 1.申立人の状況 申立人は、傷害の罪により、懲役5年の判決を受けて、平成8年9月25日、名古屋刑務所に入所し、現在も同刑務所において受刑中である。 2.申立の趣旨に関する事実について (1)申立の趣旨に関し、申立人の申立ての詳細は以下のとおりである。 *申立人は、もともと腸が弱く、朝食後すぐに便意は促さず、30分ないし60分くらいしてから、用便したくなる体質である。 *刑務所内では、午前6時30分に起床して、同45分から7時までの間に朝食をとるので、普段は8時前にトイレに行くようにしていたが、その時間に便意をもよおさず、用便できないこともあった。 *平成8年10月下旬、3D工場で、作業開始直後の午前8時10分ころ、急に便意をもよおしたので、挙手してトイレに行きたいと担当職員に許可を求めたが、『お前だけ許可することはできない』『我慢しろ』と言われて許可してもらえなかった。脂汗が出るほど苦しくて、作業場でうずくまっていたが、担当職員はこれに気づかなかった。 *8時30分過ぎに許可を得て、トイレに行った。下痢状の便が出て、パンツを汚してしまった。その日、汚れたパンツを管理工場に出したところ、翌日、担当職員から叱られ、自分で洗濯をした。 *さらに、その4日くらい後の午前8時15分頃にも、急に便意を催してトイレに行くことの許可を求めたが、前回同様に許可してもらえなかった。苦痛が1回目程ではなかったので中腰の体勢で我慢した。用便を我慢したせいか、8時30分過ぎにトイレに駆け込むと、血便が大量に出た。 *1度目か2度目かはっきりしないが、どちらか一方は、担当職員に、2度にわたってトイレに行きたいと求めている。 *このようなことにもはや耐えられないと思い、同年12月12日朝、作業拒否(怠役)をした。このことで、同月17日に懲罰を受けた。 *解罰後、平成9年1月6日より、3C工場に配置替えになった。同工場では、午前8時30分前でもトイレに行くことができた。 (2)これに対して、名古屋刑務所側の答弁は、以下の通りである。 *申立人が作業開始後30分内に用便を申し出た際に、担当職員が二度にわたってこれを認めなかった事実があったか否かにつき、当時の記録がなく、担当職員にも当時の記憶はない。12月に怠役をし、懲罰をなしたことは事実である。 *名古屋刑務所においては、受刑者の作業を毎朝午前8時に開始する。 始業点検などをして作業の安全確保を図った上で作業を開始すが、一つの工場に配置できる職員数は限られているため、作業開始直後に、受刑者が次々にトイレに行くような事態になると収拾がつかなくなるとして、受刑者に対しては、作業開始前に用便を済ませておき、8時30分まではトイレに行かないように、との指導を行なっている。 *始業後30分までの間の用便の申出に対しては、担当職員がやむを得ない申出かどうかを判断して、個別に対応している。 (3)(2)に記載したように、名古屋刑務所側から、当時の状況について、具体的な答弁はないものの、一般的な運用として、始業前、すなわち、午前8時以前にトイレに行くよう指導し、作業開始直後の用便をさせるかどうかは、担当職員の判断に委ねていることは認めており、一方、申立人の状況説明は(1)に記載した通り、具体的で詳細にわたり、怠役の事実も客観的に認められることから、2度にわたって作業開始直後に相当切迫した状況で、用便の申出をしてもこれが認められず、用便が出来なかった事実が認められる。 3.当会の判断 (1)2(2)に記載したように、刑務所側が作業開始前に用便を済ませ、始業開始後午前8時30分までは、トイレに行かないよう、一般的に指導すること自体は、限られた職員の中で始業点検時の混乱を回避する必要もあり、必ずしも不合理とはいえない。 しかしながら、用便の欲求は、これが満たされない場合には、健康上の悪影響をもたらす可能性があるばかりでなく、個人の尊厳や自尊心を著しく傷つける事態を引き起こしかねない。 (2)この点に関連して、法務省矯正局は、平成9年9月に被収容者処遇対策協議会における協議をふまえて被収容者動作要領の基準を示し、各矯正管区に通知をしている。その各論中の「1 作業の動作要領」の項で、「用便の時間帯指定」に関する要領が、挙げられている。その要領においては、 *怠業の防止及び動静視察上の支障の防止の必要性から、原則的に昼食・休憩時間等の所定の時間帯に限り用便を行うよう指導することには、理由があると思料されること *しかしながら、所定の時間帯以外に用便の申し出があったときに指導に名を借りて結果的にこれをほとんど認めなかったり、絶対的な禁止時間を設ける等して、外形上、用便自体を許可にかからしめているかのような取扱いは相当でないこと としている。 (3)用便の欲求は、生理的なものに由来し、自制にも限度があり、外見から怠業の意図等虚偽の申出なのか、あるいは、真に切迫したものなのかどうかの判断をすることは、必ずしも容易ではなく、時間帯による一般的な指導を越えて、その時間帯による用便の申出に対し、やむをえない事情の有無を担当職員の判断に委ねている名古屋刑務所の取扱いは、実質上、用便を「許可」にかからしめているものといわざるをえないのもので、上記の被収容者動作要領にも反するものである。 よって、勧告の趣旨のとおり、貴所に対し、勧告をするものである。 以 上 ********** 2】ニュース:2000.10.10 「軽屏禁」は拷問ではないのか ───────────────────────────── ※解説:以下の文章は「頭痛薬要求で過重処分」と報道された人権侵害事件の勧告書です。一定の姿勢を長期間強制する「軽屏禁」という懲罰は体罰であり、拷問禁止条約により禁止されている「拷問」に該当する可能性が高い。 平成12年10月10日 勧 告 書 名古屋刑務所 所 長 久 保 勝 彦 殿 名古屋弁護士会 会 長 山 田 幸 彦 当弁護士会は、申立人●●●●氏からの平成11年3月4日付人権救済申立事件(平成10年度第8号)について、下記のとおり勧告する。 【勧 告 の 趣 旨】 名古屋刑務所が、申立人に対して平成11年3月3日付でなした軽屏禁は、申立人の行為に対して過重な処分であって、懲罰についての所長の裁量を逸脱し申立人の人権を侵害するものであり、今後同様にその行為が重大といえず施設内秩序を乱す恐れも少ない場合 に軽屏禁処分を科することのなきよう勧告する。 【勧 告 の 理 由】 第1 申立の趣旨 申立人は、平成9年10月に覚せい剤取締法違反により懲役2年4月(未決勾留日数60日算入)の刑が確定し、名古屋刑務所に在監中(平成11年12月8日まで)のところ、平成11年2月22日午後の作業中、頭痛、発熱の症状が回復しないので、刑務官に対 し、これに対する薬を3度にわたって求めたところ、受刑者遵守事項の「強要」等に該当するとして懲罰(15日間の軽屏禁)を受けた。右処分は人権侵害に該当する。 よって申立人は、名古屋弁護士会人権擁護委員会に対し、名古屋刑務所に対する勧告等の救済を求める。 第2 調査の概要 1 名古屋刑務所長に対する当会の書面による照会とこれに対する回答(3回) 2 名古屋刑務所職員からの事情聴取(1回) 3 申立人からの事情聴取(1回) 第3 認 定 一 事実関係 申立人及び刑務所副看守長からの聴き取り及び名古屋刑務所長の回答書によれば、申立人の懲罰までの経緯は以下のとおりであったと認められる。事実関係につき主張に大きな相違点はない。 1 本件懲罰の理由とされた事実の経過は以下のとおりである。 (1) 申立人は偏頭痛の持病があり、平成11年2月15日からは頭痛、不眠など体調不良で医務課から投薬を受けていた。 (2) 平成11年2月22日も朝から風邪気味であり、同人の願い出により、同午前中に行われた医務部保健助手の回診で体温を測定したところ、35.9度であった。申立人は、風邪薬(総合感冒薬)2包の交付を受け、1包を直ちに服用し、その後ミシン仕事に従 事した。 (3) 同日午前12時15分頃(昼食後)に残りの1包分の薬を服用した。午後の仕事開始後の午後1時30分頃になっても体調がすぐれないので、申立人は、担当職員に手を挙げて許可を得た上で担当台に行った。体温測定を申し出てこれを実施したところ、申立人 の体温は37.5度であった。 (4) そこで申立人は担当職員に対して、体調不良と発熱を理由に、夕食後服用すべき薬を今交付するよう求めた。 担当職員からは「昼の分を飲んでまだ1時間ほどしか経過していないから、しばらく様子を見るように」という指示があったが、申立人はその後も投薬を求め、これに対する担当職員の同様の回答があり、こうした問答をさらに2度程繰り返した。すると、担当職員が 急に「取り調べだ」と言い懲戒処分の手続きに入った。 (5) なお、副看守長の話によれば、申立人の態度は執拗であり、くいさがるし指導に従わなかったとのことであり、刑務所長回答によれば「にらみ付けるようにして」とあったが、申立人が特に大声を出したわけではないことは副看守長が認めている。 また、やりとりの経過からみて、時間にして数分程度のものであったと考えられる。 2 以上のやりとりがあった後、申立人は取調室に連行された。雑居房から取調べ対象者収監の独房へ移ることになり、私物も移した。結局申立人に薬は与えられなかった。申立人は以後房内作業となった。懲罰処分の経過は以下のとおりである。(1) 申立人は、翌23日に懲罰委員会の取調べを受け、供述書を作成された。 (2) 3月2日、同委員会の審査があり、申立人に「受刑者遵守事項」の中の41「強要にわたる要求」に該当する規律違反行為があったとして軽屏禁15日(文書図画閲読禁止併科)の処分が決定した。 なお、名古屋刑務所受刑者遵守事項には、41「強要」として、「職員に対し、強要にわたる要求をし又は許可されていない方法により要求を繰り返してはならない」と定められている。 3 申立人は、翌3月3日、上記軽屏禁処分を受け、その間10日間は戸外運動が禁止され、入浴は通常の入浴日2日について実施されず、その後も1回おきとなった。 4.なお、申立人は平成10年3月、同年6月にそれぞれ軽屏禁の懲罰を受けている。 二 本件処分に対する判断 1 現行法上の軽屏禁の問題点 (1) 監獄法第60条1項は、懲罰の種類として叱責から7日以内の重屏禁まで12種類を定め、うち同項11号において「2月以内ノ軽屏禁」を規定し、同条2項で「屏禁ハ受罰者ヲ罰室内ニ昼夜屏居セシメ情状ニ因リ就業セシメサセルコトヲ得」と定めている。 (2) 懲罰で約8割を占めるこの軽屏禁処分は、受刑者を2ヶ月以内の期間内で罰室内に昼夜収容し、他者の出房時から仮就寝時までの一日中房内の一定の位置で廊下に向かい安座(又は正座)して謹慎することを強制するもので、性質上運動、入浴は制限され、面会 ・手紙の発信の禁止を伴うものとされる。 その上図書等の閲覧の禁止等を併科する(監獄法第60条3項)のが通常であり、その精神的・肉体的負担は重大であり、軽屏禁により受刑者は体重も減り、腰痛が悪化したり、ひどくすると拘禁性のノイローゼになるともいわれている。 このように、軽屏禁処分は重大な人権侵害をもたらす危険性が高いことから、その要件・手続についてはできる限り明確に規定すべきところ、現行監獄法では、同法第59条で「在監者紀律に違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と包括的に規定するだけで、具体的な要件や 手続きの規定はない。 各施設ごとに遵守事項が定められ、これに違反したときに、所長の裁量で広く軽屏禁処分が認められているのが実情である。 本件でも入所時に貸与された「受刑者遵守事項」の中の職員に対する強要行為の禁止(「職員に対し強要にわたる要求をし、又は許可されていない方法により要求を繰り返してはならない」)に違反したことを理由として軽屏禁処分が科されている。 なお、名古屋刑務所の内部規定としても懲罰の要件の定めはない。 (3) 懲罰とは行政上の秩序罰であり、それ自体には合理性がある から、現行法上遵守事項に違反する一定の非違行為のあったときに刑務所長の裁量で閉居を含めた懲罰を科すこと自体はやむをえないところであるが、受刑者の遵守事項は多岐にわたり、かつ抽象的で幅広く解釈可能な内容であることが多いため、ささいな違反行為に ついても遵守事項違反として重い懲罰が科されるのであれば、所長の裁量の範囲を逸脱し、人権を侵害するものと言わざるを得ない。 判例は概ね、行政施設として@逃亡その他を防止する目的、 A集団生活の円滑平穏な実現の目的のために規律秩序の維持が必要であるとし、規律秩序の維持の目的のためには必要かつ合理的な(又は相当の)範囲内で心得を定め、懲罰を科すことはできるし、それは所長の自由裁量に委ねられているとする。 なお、判例が具体的処分の是非について違法と判断したものは、例えば戸外運動禁止155日間の制限、情願書の廃棄処分、制限の必要のない図書の制限等、明らかに裁量の逸脱が著しい場合に限られている。 しかし懲罰が刑務所長の裁量に委ねられているとはいえ、それは目的達成のために必要かつ合理的範囲内でなければならないことはいうまでもなく、前述のとおり、軽屏禁は重大な人権侵害をもたらす危険性の高い処分であることから、具体的判断にあたっては慎重さ が要求されるべきである。 2 本件の検討 (1) 申立人が再度のかぜ薬交付の願い出をなした行為に対し、担当職員の「もうしばらく様子を見るように」という判断ないし指導自体は、それが昼食後の服薬からいまだ1時間程度しか経過していない時点のことであり、特に問題がないと思われる。 また担当職員が、申立人に取り調べ命令を発する前に2回「様子を見よ」と返答したにも拘らず、それでも同じ要求を繰り返す申立人の態度は多少執拗なものであったと思料される。 (2) しかしながら、申立人は手を挙げて担当職員の許可を得た上で前に出て願い出を行っており、正規の手続きを踏んでいるし、特に大声を出していないことは副看守長も認めている。 申立人は、担当職員と意見の応酬はしていたものの、仕事へ戻ることなどの具体的提示は受けてはおらず、その応酬に要した時間も短く、しかも申立人の申し出た内容は健康に関わる問題であるから、申立人の前記所為をもって施設内の秩序を乱す恐れがあったとはいえないというべきである。 (3) 以上のとおり、申立人の要求行為が名古屋刑務所受刑者遵守事項41「強要」の懲罰理由に該るといえるかどうかすら疑問の余地の残るところである。 しかも、上記のとおり軽屏禁が受刑者の身体及び精神の自由を著しく制限し、身体ないし健康に対する侵襲性も認められるなど、重大な人権侵害をもたらす危険性が大きいのであるから、申立人の本件行為が多少執拗な要求行為であったとしても、申立人の要求行為 と15日間の軽屏禁処分という本件懲罰内容はあまりにも均衡を失し、必要かつ合理的な範囲での懲罰とは言い難く、その裁量を逸脱していると言わざるを得ない。 3 結論 以上から本件申立人に対する15日間の軽屏禁処分は、刑務所長の裁量を逸脱しており、看過できるものではないため、名古屋刑務所に対し、今後の懲罰の適正を期すべく冒頭の勧告の趣旨記載の勧告をする次第である。 以 上 |